「 Has my fire really gone out? 」









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そういえばアルバムにいっぱい写真載せたので良かったら見てね。




父が亡くなって約2週間か。
まだ2週間なんだ、という気がする。
ここ最近のわたしは仕事もずっと休みを貰っていて、やらなきゃいけない事に少しずつだけど手をつけている。
身体がどうにも重くて日中ほとんど寝こけてばかりいるんだけど。

実家の遺品整理を専門業者に依頼していたんだけど、先日その担当の人が見積もりの為に下見に来た。
わたしが一人暮らしを始めてからは父がずっと1人で住んでいたけど、元々は母と兄と4人で住んでいた。
父が働いていた会社の持ち家なので一応社宅扱いになるんだけど。
しかし、わたしの家族は母と兄がクズ中のクズなので、この2人が自分の部屋を散らかすだけ散らかして家を出て行っているんだよな。
兄の場合は正確には家の鍵変えて無理矢理追い出したんだけど。
母はわたしがまだ小さい頃に出て行ったので父が頑張ってある程度は片付けたんだけど、2、3年前まで実家に住み着いていた兄の部屋に至ってはもう足の踏み場がない。
ベッドの高さよりも積み上げられたゴミの山の方が高い位置にある。
寝るスペースだけ確保して、あとは本当にゴミしかないのだ。
あそこまで散らかせるのってもはや一種の才能だと思うよ。
母と兄は何から何までだらしなかった。
2人して借金に次ぐ借金で父を長年苦しませたんだ。
本当に害悪だよ。
こんな言葉は軽々しく使っちゃ駄目だと分かっているんだけど、今日だけは神様も仏様も許してほしい。
2人まとめて死ねばいいのに…。


話はそれてしまったが、実家の社宅にはまだ問題がある。
住み始めた頃から今日に至るまでずっと雨漏りがしていたのだ。
その蓄積された被害の影響により、お風呂場、トイレ、玄関の天井は完全に腐って今にも抜け落ちそうなレベルになっている。
わたしと父がずっと生活をしていた6畳の居間と台所くらいしか、まともな住居スペースはないのだ。
いかに我が家がボロい欠陥住宅なのか、文章だけでは伝えきれないので写真に撮ってここに載せたいくらいだ。
本当によくここに17年間も住んでいたと思うよ。


来てくれた遺品整理の業者さんは感じのいい人だった。
わたしがまだ25歳と聞いて、自分の子供と2歳しか違わないのに一人で背負わないといけないのは本当に大変だ、可哀想だ、と言ってくれた。
今までの自分なら軽く聞き流していたんだろうけど、父が亡くなってからは本当に他人のささやかな優しさが身に染みるようになった。
わたしも人に優しくありたいな。

雨漏りによる被害は業者さんも驚いていた。
天井が抜けそうなお風呂場の真上がベランダになるのだけど、当然人が立ったりしたらそのまま抜け落ちそうなのだ。
そこには奇跡的に洗濯機と室外機が落ちることなく置かれている。
今まではベランダを開けても足を踏み入れることなく、手だけ伸ばして洗濯機を回していたのだ。
業者さんは「危険なのでもしかしたら撤去出来ないかも知れない」と言った。
それは仕方ないと思う。

しかし、わたしがそのことを父の会社に電話で伝えると「置いてても仕方ないのでなるべく撤去して欲しい」と言われたのだ。
遺品整理にあたって、数日前に父の会社の人も家の様子を見に来てくれたので、我が家の悲惨な様子は把握してるはずなのに。
業者の人も「頑張ってはみます」と言ってくれたけど、あんなん人力で運び出そうとしたら最悪大怪我するよ。本当に。

だけど、そもそもベランダに洗濯機を置いたのは他の誰でもなく我が家の人間なのだ。
室外機はともかくとして。
そうなると雨漏りによる家の破損は会社側が見てくれるとして、洗濯機の処分なぞわたし達の問題になって当たり前なのだ。
わたしは少なからず「なんて面倒なんだろう」と思ってしまっていた。

そもそも母がいた頃から雨漏りについては会社に相談していたらしいのだが、母と会社側が上手くやり取り出来ていなくて、結局対処してもらわないまま今日まで来たのだ。
しかし長い年月を経て、崩れ落ちそうなほど酷い有様になってしまった。
生前の父にもわたしは何度か話を持ちかけていた。
「直しに来てもらわないといつ崩れてもおかしくない。修繕費を払わないといけないなら今のうちに払っておこう」と。
父が働いていた頃はまだ目をつぶっていたけれど、病気が発覚して退職してからの2年4ヶ月の間にそのチャンスはいくらでもあったのだ。
なんならわたしは遺品整理というより、少しだけでも生前整理をして欲しかった。
主に生活している居間はともかく、二階の部屋だけは早いうちに片付けたかったのだ。
しかし父は頑なにそれを嫌がった。
そもそも父は、人を家に上げることを異常なまでに嫌がるのだ。
母や兄とはまるで正反対で、綺麗好きで完璧主義なところがあったので、少しでも散らかっているのが許せなかったのだろう。
あとはパーソナルスペースが異常に広いというか、よくも知らない人に自分のテリトリーへ踏み込まれたくないんだと思う。
これはわたしも一緒なので気持ちはよく分かるんだけど。

しかし、我が家の住宅事情ではそんなことを言っている場合ではないのだ。
費用の心配もしていたけれど、そんなの遅かれ早かれ払わなくてはいけないんだから。
結局残されたわたしが全て責任を取らないといけなくなるのだ。
そこだけは父に対して憤りを覚える。
あそこまで酷くなる前に、もっと早く対処してもらってたら…。
有難いことに修繕費の請求はされず、家を見に来た会社の人も「これはそもそも建物が悪いので、こちらが何とかします」と言ってくれたのだけど。

まだ諸々どうなるかは分からないけど、家を無事に片付け終わったら、少しは気持ち的にも落ち着けるのかな。
人生のほとんどを過ごしてきた家がなくなってしまうのはやっぱり寂しいけれど。

これからは年末年始やお盆などの節目はもちろん、落ち込んだときや心が死にそうなときに帰れる場所もなくなってしまうんだなぁ。
天涯孤独だなんて大層なものではないけれど、いよいよ一人になってしまうんだな。




メッセージ返信

まりさん

→お気遣いありがとうございます。
会ったこともないわたしに、そう言って下さるお気持ちがとても嬉しいです。
どうしても人に頼ることが苦手で、全て一人で片付けようとしてしまうんですが、どうしようもなくなった時は話を聞いてくれるだけでも嬉しいです。
それだけで充分救われます。
父がいないと阪神の話出来る人もいなくなってしまうので、また付き合ってくれると嬉しいです。
まだ少し冷えるので、まりさんもご自愛くださいね。


父が死んだらわたしはきっと使いものにならなくなるんだろう、と思っていた。
でもわたしの精神って意外と強く出来てるみたい。
自分の足で火葬場に向かい、自分の手で父の骨を納めた。
お金がないので火葬式だけのシンプルな葬儀だった。
もっと通夜も告別式もちゃんとしてあげたかったのに、ごめんね。
式には父の姉とわたしの従姉妹二人、その従姉妹の子供たちが集まってくれた。
兄には父が死んだことも、火葬式を行うことも一切連絡しなかった。
それが父の願いでもあったし、やっぱり今までのことを思い返すと、わたし自身どうしても兄のことを許せなかった。
最後の最後だけ都合よく、父に会いに来ることなんてして欲しくなかった。
なので喪主はわたしが務めた。
頼りない娘であり、頼りない喪主だった。
出棺のときも父の姉とわたしの従姉妹が真っ先に泣き出して、それにつられるかのようにわたしも涙を流した。
これから先やらなきゃいけないことが頭の中いっぱいで、悲しみにくれている暇がないのかもしれない。
父が息を引き取ったあの日から、思ったほど泣けていなくて、きっとまだ父が死んだことを実感出来ていないんだろうと思う。
目の前で父が冷たくなり、目の前で父が骨となっていても、今から実家に帰ればいつもみたいに微笑みながら「おかえり」って言ってくれるような、そんな気がしてならない。
わたしはこれから誰の為に頑張って生きていけばいいんだろう。


今日の早朝5時頃に最愛の父は天国へ旅立ちました。
わたしの目の前で、ゆっくりと息を引き取りました。
お父さん、よく頑張ったね。
最期を看取らせてくれてありがとう。
また会おうね。大好きだよ。